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院是

本日初診でいらした患者さんは同業者さんでした。

私が20年以上前に勤めた院の系列店で働いていた過去があり、「世の中狭いですねぇ」という話になりました。

 

私が最初に勤めた職場は、この業界では割と大きめのグループ院の一つでした。

全くのゼロからはじめて、4~5年位お世話になったかと思います。

この治療院に最初に就職したからこそ、今まで私は続けられているのだと思います。

そういう意味ではとても感謝しています。

 

で、20年前の記憶を遡ってみると、「そういえば、あれはまだあるのかな?」と思いだした言葉がありました。

「院是」

院是とは、その院が大切にしている考え、基本方針みたいなものです。

その言葉を額に入れて毎日朝礼の時にみんなで読み上げるんです。

「さて、どんなんだったかな・・・」

と思ったのも束の間、考える間もなく口から出てきました、院是が(笑)

・人の役に立つことを自分の使命とし、社会・患者・自己に大きな愛の光を注ぐ
・常に勉学努力を惜しまず、自他の人間完成を図る
・苦痛の除去と安心を提供し、人類の幸福に貢献する

だいたいこんな内容なんですよ。

多分、ちょっと抜けてるとこはあるかもしれませんが、フレーズはこんな感じなんです。

「こういう院是って、〇〇さんの院にまだありました?」

って聞くと「よく覚えてますね!」

とのことでした。

こんな宗教っぽい文言(失礼!)が、一瞬で出てきてしまったのには自分でも驚きました。

ついでに、その当時に通われていた常連患者さんのフルネームも何人か思い出しました。

この院是、あらためて思い返してみると「良いこと書いてあるな」と思いました。

「苦痛の除去と安心を提供」という意識は、常にあります。

知らぬうちに実践していたからすぐに思い出せたのかもしれません。

 

では、一陽の院是は?と考えると、なんでしょうか?

外に向かって「これが我が院の院是です!」みたいな宣言はしていないのですが、

でも私なりに掲げている言葉があります。それは

「施無畏(せむい)」

ということば。

畏はおそれ、という意味です。

「畏れ無きを施す」

仏教用語ですが、ここ数年は常にこの言葉が私の中にあります。

不安を取り除き、安心を与える、といった意味合いです。

・・・

うーん、同じだった(笑)

「宗教っぽい」とか若干揶揄してたのに、「っぽい」じゃなくて宗教そのものでした(笑)

ただ、言い訳しておくと、患者さんに対して不安を取り除く、とか、安心を与えるという意識ではないのです。

どういう意味か?

自分自身の安心、畏れのない状態で鍼を施す・一本の鍼を下す

そういう意味合いが強いです。

そういう自分でいることで、その鍼を受けた方が勝手に安心して良くなっていく。

そんなイメージです。

私自身の施術の腕・技術で苦痛を取り除く、というより「アトピーは治って当たり前。治らないわけはない。「治そう」とか「治ってほしい」とか「この鍼にすべてをかける」とか、そういうのも要らない。邪魔しない。ただ一本の鍼を下す。ただそれだけ。」

こんな意識というか、観念めいたものを胸の裡に納めて鍼を握っています。

それが私なりの施無畏です。

「治ってほしい」

「楽にして差し上げたい」

鍼灸師の性(さが)として、常にこういう気持ちはあります。

しかし、こう思えば思うほど、違う方向へ行きやすい。

そういう戒めを込めての「施無畏」というわけです。

人間完成も人類の幸福の貢献も微妙ですが(笑)、私に今できる「施」を明日もまた追及していきたいなと思う次第であります。

ではまた。